第110回 オリンピックを東京に!
 

ロンドンオリンピックから
日本選手の入場行進を着物で!!

本場の予想はシカゴVS東京

10月2日の夜、私は東京タワーで、オリンピック東京招致イベントに参加していた。
 
古田敦也元ヤクルト監督の司会の下、デザイナーの山本寛斎氏や、アニマル浜口親子、コンサート会場から駆けつけた“チャゲ”さん等、次々とオリンピック東京招致応援パフォーマンスが続く中、コペンハーゲンでの最終投票結果をいまや遅しと、待っていた。
会場内での下馬評は、シカゴVS東京という感じだった。スペインのマドリードは、2012年がロンドンなので、ヨーロッパでの連続開催に難しさが否めないとの予測だった。
ブラジルのリオデジャネイロは南米初のオリンピックという売りはあるが、治安面での不安と、2014年にサンパウロでFIFAワールドカップ開催が決定しており、ワールドカップとオリンピックが1カ国で連続するのは、いかがなものかと言われていた。
その結果、正にオバマ大統領率いるアメリカのシカゴと、鳩山総理が応援に駆けつけた東京の対決ムードが漂っていた。
私も個人的印象では最強のライバルは、シカゴだと感じていた。

2回目の投票結果に「ウソだろー」

会場のムードと熱気が、アニマル浜口さんの“気合だ、気合だ、気合だ”の連呼で一気にヒートアップした直後、テレビの画面に1回目の投票結果「シカゴ落選!!」のテロップが流れた。
 
会場からは「ヤッター!」の声が飛び交い、「ライバルシカゴが破れたからは、東京が取れる!!」の気分が充満した。
私も会場の方々も2回目の投票結果が出るまでには、そこそこの時間を必要とすると思っていた。私は最低でも30分くらいはかかるだろうと考えていた矢先、会場全体から“えー”という悲鳴のようなどよめきが起きた。
テレビの画面に目をやると、“2回目の投票の結果、東京落選!!”のテロップが見えた。第1回から未だ5分足らずのことで、思わず「ウソだろー」と叫んでいたが、この瞬間にすべては終わってしまった。
52年ぶりの東京開催を大いに期待していただけに、非常に残念な結果となった。
この後、東京タワーの展望台に用意されていた祝勝会場で、残念会があった。
「是非2020年、再挑戦!!」というのが合言葉のように飛び交ったが、私も全く同じ思いだった。
今、冷静になって考えると、今回の敗因の第一は地元東京都民の盛り上がり不足。第二は、日本全体の国を挙げての招致体制が不十分であったことだと思われる。
是非とも4年後の2020年招致に向けて今回の反省を活かせたら良いと思っている。

“環境と平和と共生”のオリンピックに


ここで何故、オリンピックの東京招致を私が熱心に支持しているかについてお話したい。
 
私は1962年の5月に、小学校2年生で、京都から東京に引越してきた。
父親が呉服問屋の本拠地を前年に東京へ移し、現在の東京に引越してきた。
父親が呉服問屋の本拠地を前年に東京へ移し、現在の東京山喜を設立したことにともなってのことだ。
当時東京中が1964年の東京オリンピック開催に向けて燃えていた。新幹線、首都高速、モノレール、国立競技場、すべてが急ピッチで工事が進捗していた。
1963年のプレオリンピック、そして本番。1964年10月10日の開幕式当日の抜けるような青空を、今でも覚えている。
あの興奮とあの感動を、半世紀を過ぎた今、再度東京に呼び込みたいと思っている。
あの時は敗戦からの脱却と平和の国・日本のアピールと、高度成長への大きなステップとなった。
二十一世紀の今、半世紀を越えて再度オリンピックを東京に招致する意義は、“環境と平和と共生”という、次の時代をリードする日本的価値観をアピールすることだと思う。
今回、石原慎太郎都知事が環境にやさしいオリンピックを強調したところ、IOCの委員から「我々は国連ではないので、そのようなことをアピールされても困る」と発言したそうだが、これは未だ時が熟していなかったと言えるだろう。

日本的であるほど世界的になる


更に私は、オリンピックの東京招致を契機に、日本選手団の入場行進時に、すべての選手に着物を着せたいと考えていた。
 
それもユニフォームのように同じものではなく、一人ひとりの個性に合ったオンリーワンの着物をデザインし誂え、スタイリングしていきたい。
そして日本を代表するアスリートを通して、着物の素晴らしさと、そこに込められた日本的価値観を、国内外の世界の人たちにアピール出来たなら、こんな素晴らしいことはないと考えていた。
1964年の東京オリンピックのユニフォームは、日の丸をイメージした赤のブレザーに白のパンツだった。あの当時はこれで良かったと思う。
2016年に落選した今、2020年に再挑戦をと願うと同時に、違う考えも出てきた。それは2020年にオリンピックが東京に来ようが、来まいが、次のロンドンからJOCに向けて日本選手団の入場行進コスチュームを着物にすることへの挑戦することだ。
すなわち、これからの時代、国際化していくこととは、他国の真似をすることではなく、自国の伝統と文化を最も大切にしてゆく時代に入ったと感じているのだが、いかがだろうか。
“日本的であるほど、それは世界的になる”。これが私のオリンピック東京招致熱のエネルギー源になっている。

*リサイクル通信*バックナンバー

【第218回 】中村屋を立上げよう
 2018.10.25 掲載
【第217回 】洗い張り&仕立て直し
 2018.9.25 掲載
【第216回 】バイセルテクノロジーズ
 2018.8.25 掲載
【第215回 】あきのや きもの処
 2018.7.25 掲載
【第214回 】横森美奈子のおしゃれ着物コーデ帖
 2018.6.25 掲載
【第213回 】GINZA SIX 薪能
 2018.5.25 掲載
【第212回 】上海逆求人
 2018.4.25 掲載
【第211回 】二刀流に挑戦!
 2018.3.25 掲載
【第210回 】和服と漢服
 2018.2.25 掲載
【第209回 】結果にコミット
 2018.1.25 掲載
【第208回 】チームj-culuture2020
 2017.12.25 掲載
【第207回 】上海2大学で講演
 2017.11.25 掲載
【第206回 】KPI装着ゲーム
 2017.10.25 掲載
【第205回 】産着に挑戦
 2017.9.25 掲載
【第204回 】コンサイメントを強化
 2017.8.25 掲載
【第203回 】着物の買取強化策
 2017.7.25 掲載
【第202回 】山本会長お疲れ様でした!
 2017.6.25 掲載
【第201回 】捨てるか売るか?
 2017.5.25 掲載
【第200回 】チーム着物2020
 2017.4.25 掲載
【第199回 】軽井沢でISAKとかるちゃ出店
 2017.3.25 掲載
【第198回 】たんす屋塾賞
 2017.2.25 掲載
【第197回 】チーム2020
 2017.1.25 掲載
【第196回 】磯村みどりの着物遊び処たんす屋
 2016.12.25 掲載
【第195回 】ウランバートルのファッションショー
 2016.11.25 掲載
【第194回 】成人式が変わる
 2016.10.25 掲載
【第193回 】日本フランチャイズチェーン協会
 2016.9.25 掲載
【第192回 】着物お手入れ得意店世界一を目指す
 2016.8.25 掲載
【第191回 】クロスメディア戦略
 2016.7.25 掲載
【第190回 】小学校の卒業式は着物で
 2016.6.25 掲載
【第189回 】2回の引越し
 2016.5.25 掲載
【第188回 】きものプラス
 2016.4.25 掲載
【第187回 】東京きものレンタルショップ
 2016.3.25 掲
【第186回 】きものや じゃぽん
 2016.2.25 掲載
【第185回 】さよなら池田重子さん
 2016.1.25 掲載
【第184回 】ネット集客
 2015.12.25 掲載
【第183回 】和装振興協議会
 2015.11.25 掲載
【第182回 】TOKYO KIMONO STATION by Tansuya
 2015.10.25 掲載
【第181回 】ガイアの夜明け
 2015.9.25 掲載
【第180回 】リクルート MOMO HACK
 2015.8.25 掲載
【第179回 】和装振興研究会
 2015.7.25 掲載
【第178回 】下諏訪きものプロジェクト
 2015.6.25 掲載
【第177回 】全通全景プレミアム袋帯
 2015.5.25 掲載
【第176回 】ピンポイントSPA
 2015.4.25 掲載
【第175回 】コンサインメントに全面拡大に挑戦
 2015.3.25 掲載
【第174回 】ハードオフとのシナジーを模索
 2015.2.25 掲載
【第173回 】中村喜久蔵コレクション
 2015.1.25 掲載
【第172回 】下取り企画の威力
 2014.12.25 掲載
【第171回 】富士山清掃
 2014.11.25 掲載
【第170回 】父の三回忌
  2014.10.25 掲載
【第169回 】夏に強いたんす屋実現へ
 2014.9.25 掲載
【第168回 】誕生祭の成功に向けて
 2014.8.25 掲載
【第167回 】振袖戦略
 2014.7.25 掲載
【第166回 】JFA大会
 2014.6.25 掲載
【第165回 】たんす屋大宮ステラタウン店オープン
 2014.5.25 掲載
【第164回 】ブランディング
 2014.4.25 掲載
【第163回 】ハギレの力
 2014.3.25 掲載
【第162回】たち吉meetsたんす屋
 2014.2.25 掲載
【第161回】徹底して夏に強いたんす屋になる
 2014.1.25 掲載
【第160回】消費増税をチャンスに変える!
 2013.12.25 掲載
【第159回】ABCクッキングスタジオ
 2013.11.25 掲載
【第158回 】本部の移転で6Sの徹底へ
 2013.10.25 掲載

【第157回 】すごい掃除
    2013.9.25 掲載
【第156回 】きものビズ研究会
   2013.8.25 掲載

【第155回 】さよなら銀座松坂屋
   2013.7.25 掲載

【第154回 】本決算市 奇跡のメディアミックス
   2013.6.25 掲載

【第153回 】きものコンビニ美&愛B AND I
    2013.5.25 掲載
【第152回 】きくちいまのひきだし屋
   2013.4.25 掲載

【第151回 】丸洗いで来場500人増
    2013.3.25 掲載
【第150回 】パールトーン@たんす屋
   2013.2.25 掲載

【第149回 】楽詩帯(らくしたい)で顧客を創造
   2013.1.25 掲載

【第148回 】織季香(おりきこう)
   2012.12.25 掲載

【第147回 】NHK大河ドラマ「八重の桜」
   2012.11.25 掲載

【第146回 】新たなるReへの挑戦
   2012.10.25 掲載

【第145回 】中学校に和装教育導入
    2012.9.25 掲載
【第143回 】KIMONO+(プラス)設立
   2012.7.25 掲載

【第142回 】逆転の発想
   2012.6.25 掲載

【第141回 】日本リユース業協会
   2012.5.25 掲載

【第140回 】きもので婚活
    2012.4.25 掲載
【第139回 】3・11から1年
   2012.3.25 掲載

【第138回 】リサイクル&レンタルきものたんす屋
    2012.2.25 掲載
【第137回 】サマーショップゆかたセンス
   2012.1.25 掲載

【第136回 】理由あり帯キャンペーン
   2011.12.25 掲載

【第135回 】小物倍増計画(下)
   2011.11.25 掲載

【第134回 】小物倍増計画(上)
   2011.10.25 掲載

【第133回 】売り方を変えて売りつくす
   2011.9.25 掲載

【第132回 】スーパーバリュー訪問着
    2011.8.25 掲載
【第131回 】ノンカスタマーの顧客化
   2011.7.25 掲載

【第130回 】自粛疲れの解消
    2011.6.25 掲載
【第129回 】社内創業
   2011.5.25 掲載

【第128回 】東日本大震災
   2011.4.25 掲載

【第127回 】JR博多シティ
   2011.3.25 掲載

【第126回 】ハローキティフォトスタジオたんす屋オープン
   2011.2.25 掲載

【第125回 】本年を顧客創造元年としよう
   2011.1.25 掲載

【第124回 】きものに見る日本人の心とマインドフルネス
   2010.12.25 掲載

【第123回 】リサイクルきものバーゲン
   2010.11.25 掲載

【第122回 】三年ぶりの訪中
   2010.10.25 掲載

【第121回 】日暮里繊維街店
   2010.9.25 掲載

【第120回 】創業100周年の計画
    2010.8.25 掲載
【第119回 】はたちのキモノ祭
   2010.7.25 掲載

【第118回 】青い目の芸者さん
    2010.6.25 掲載
【第117回 】50期50周年 記念祭
   2010.5.25 掲載

【第116回 】花見をきもので
    2010.4.25 掲載
【第115回 】洋風ミックス 今小袖
   2010.3.25 掲載

【第114回 】変化する消費者の価値観
    2010.2.25 掲載
【第113回 】学生きものフェア
   2010.1.25 掲載

【第112回 】単品催事の成功
   2009.12.25 掲載

【第111回 】長浜きもの大學
   2009.11.25 掲載

【第110回 】オリンピックを東京に!
   2009.10.25 掲載

【第109回 】出店、退店、移転、直営化、FC化の波
   2009.9.25 掲載

【第108回 】Tokyo135°の躍進
   2009.8.25 掲載

【第107回 】結城紬のすべて
   2009.7.25 掲載

【第106回 】お客様との6方向ビジネス
   2009.6.25 掲載

【第105回 】4月の出退店
   2009.5.25 掲載

【第103回 】きもの市場十萬屋
   2009.3.25 掲載

【第102回 】経費の徹底削減に取り組む
   2009.2.25 掲載

【第101回 】きものが地球を救う
   2009.1.25 掲載

【第99回 】戦略転換の効果
    2008.11.25 掲載
【第98回 】着るだけで幸せになる
    2008.10.25 掲載
【第97回 】2年目のきものデビューセット
    2008.9.25 掲載
【第96回 】買取倍付キャンペーン
    2008.8.25 掲載
【第95回 】名古屋市場開拓
    2008.7.25 掲載
【第94回 】入店客数を増やす
    2008.6.25 掲載
【第93回 】きもの何でもクリニック
    2008.5.25 掲載
【第92回 】廻せ、廻せ、もっと廻せ
    2008.4.25 掲載
【第91回 】店長版、たんす屋塾
    2008.3.25 掲載
【第90回 】本部移転の効果
    2008.2.25 掲載
【第89回 】リサイクル業界と百貨店
    2008.1 .25 掲載
【第88回 】淘汰、統合再編成
    2007.12 .25 掲載
【第87回 】原宿プロジェクト
    2007.11 .25 掲載
【第86回 】たんす屋メンバーシップ
    2007.10 .25 掲載
【第85回 】インターンシップ
   2007.9.25 掲載

【第84回 】きものミュージアムat目黒雅叙園
   2007.8.25 掲載

【第83回 】中期経営計画
    2007.7 .25 掲載
【第82回 】1万8900円のきものデビューセット
    2007.6 .25 掲載
【第81回 】きもの業界「新時代戦略」セミナー
    2007.5 .25 掲載
【第80回 】たんす屋のブランド力
    2007.4 .25 掲載
【第79回 】小さな本部、スリムな本部を目指して
    2007.3 .25 掲載
【第78回 】石田節子さんとのコラボレーション
    2007.2 .25 掲載
【第77回 】成人式きもの事情
    2007.1 .25 掲載
【第76回 】季節に季節の商材を売る
    2006.12 .25 掲載
【第75回 】中国きもの事情
    2006.11 .25 掲載
【第74回 】最強催事プロジェクト
    2006.10 .25 掲載
【第73回 】きもの業界に激震
    2006.9 .25 掲載
【第72回 】NHK経済羅針盤
    2006.8 .25 掲載
【第71回 】きもの業界に2つの大波
    2006.7 .25 掲載
【第70回 】強い現場力 強い店舗力
    2006.6 .25 掲載
【第69回 】FC契約Bパターン
    2006.5 .25 掲載
【第68回 】たんす屋でござる
    2006.4 .25 掲載
【第67回 】若い力に大きな期待
    2006.3 .25 掲載
【第66回 】百店百祭
    2006.2 .25 掲載
【第65回 】利再来館
    2006.1 .25 掲載
【第64回 】利再来館
    2005.12 .25 掲載
【第63回 】民意が出た
    2005.11 .25 掲載
【第62回 】さよなら呉服問屋
    2005.10 .25 掲載
【第61回 】たんす屋セカンドステージ
    2005.9 .25 掲載
【第60回 】大黒柱に車をつけよ
    2005.8 .25 掲載
【第59回 】新規顧客創造
    2005.7 .25 掲載
【第58回 】個人オーナー会議
    2005.6 .25 掲載
【第57回 】出版の依頼が来た!!
    2005.5 .25 掲載
【第56回 】買った分しか売れない-リサイクル業の基本に戻る
    2005.4 .25 掲載
【第55回 】きものコンシェルジュの育成
    2005.3 .25 掲載
【第54回 】世界一のきもの屋になる
    2005.2 .25 掲載
【第53回 】資本政策
    2005.1 .25 掲載
【第52回 】現場主義
    2004.12 .25 掲載
【第51回 】浅草に1年半で3店舗
    2004.11 .25 掲載
【第50回 】第二創業塾
    2004.10 .25 掲載
【第49回 】ニッチマーケットがメジャーになる時
    2004.9 .25 掲載
【第48回 】“たんす屋”のeコマース
    2004.8 .25 掲載
【第47回 】“たんす屋”社員FC制度-究極の成果配分主義-
    2004.7 .25 掲載
【第46回 】時代は正にオールド&ニュー
    2004.6 .25 掲載
【第45回 】経営資源を“たんす屋”に集中
    2004.5 .25 掲載
【第44回 】“たんす屋”本部、東京山喜創業80周年記念祭
    2004.4 .25 掲載
【第43回 】業務提携先ブックオフ東証二部へ上場
    2004.3 .25 掲載
【第42回 】儲かる様にすべてを変える
    2004.2 .25 掲載
【第41回 】たんす屋とeコマース
    2004.1 .25 掲載
【第40回 】きものOld&Newたんす屋
    2003.12 .25 掲載
【第39回 】「おかえりなさい・ようこそ日本へ」
    2003.11 .25 掲載
【第38回 】“3分で、自分で着られる”きもの発表
    2003.10 .25 掲載
【第37回 】お客様の立場になって
    2003.9 .25 掲載
【第36回 】リサイクルベンチャー
    2003.8 .25 掲載
【第35回 】中村喜久蔵コレクション展
    2003.7 .25 掲載
【第34回 】京大生とリサイクルきもの出店計画
    2003.6 .25 掲載
【第33回 】お台場にてリサイクルの新市場創造
    2003.5 .25 掲載
【第32回 】東西の一体化
    2003.4 .25 掲載
【第31回 】年間入店者目標500万人
    2003.3 .25 掲載
【第30回 】既存店圧縮法による新規出店
    2003.2 .25 掲載
【第29回 】たんす屋の徹底した現場主義
    2003.1 .25 掲載
【第28回 】“たんす屋”路面店への挑戦
    2002.12 .25 掲載
【第27回 】“将来的に、きものとこどもを社業の両輪に”
    2002.11 .25 掲載
【第26回 】米国「Kimono-ya」の日本人市場開拓
    2002.10 .25 掲載
【第25回 】エデュケーショナルキャンペーン
    2002.9 .25 掲載
【第24回 】きもの業態開発
    2002.8 .25 掲載
【第23回 】きもの市場のボーダレス化
    2002.7 .25 掲載
【第22回 】若い世代にビンテージきもの人気
    2002.6 .25 掲載
【第21回 】若い世代にビンテージきもの人気
    2002.5 .25 掲載
【第20回 】ブックオフとのコラボレーション“きものオフ・た
    2002.4 .25 掲載
【第19回 】リサイクル・アウトレットきもの“いちまん屋”
    2002.3 .25 掲載
【第18回 】“たんす屋”100店舗体制に向けて店舗開発、人
    2002.2 .25 掲載
【第17回 】若者の間に、静かに確実に“和”ブーム到来!!
    2002.1 .25 掲載
【第16回 】プリオウンドきもの“たんす屋”
    2001.12 .25 掲載
【第15回 】“たんす屋”と“アメリカンキッズ”の店舗分割実
    2001.11. 25 掲載
【第14回 】21世紀型Re-ビジネス
    2001.10 .25 掲載
【第13回 】マクロの目、ミクロの目
    2001.9 .25 掲載
【第12回 】Tokyo Yamaki U.S.A.設立
    2001.8 .25 掲載
【第11回 】東京山喜の不易流行
    2001.7 .25 掲載
【第10回 】リサイクルビジネスのSPA化計画
    2001.6 .25 掲載
【第9回 】リサイクル子供服への参入
    2001.5 .25 掲載
【第8回 】ワールド・リサイクル・システム構想
    2001.4 .25 掲載
【第7回 】Kimono新大陸アメリカ発見パートⅡ
    2001.3 .25 掲載
【第6回 】Kimono新大陸アメリカ発見
    2001.2 .25 掲載
【第5回 】Old×Old=New
    2001.1 .25 掲載
【第4回 】マスコミ活用術 マスコミに登場できた"たんす"の
    2000.12 .25 掲載
【第3回 】"たんす屋" in U.S.A アメリカきもの市
    2000.11 .25 掲載
【第2回 】店舗成功の4条件
    2000.10 .25 掲載
【第1回 】着物業界における二次流通の可能性とは?
    2000.9 .25 掲載
 
リサイクル・リユース市場を読み解く業界唯一の経営情報専門誌