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2025年06月18日

若き花の輝き:新菊之助の襲名披露に見る「時分の花」の美しさ

6月大歌舞伎尾上菊五郎襲名披露公演

先日6月16日、歌舞伎座で開催された「尾上菊之助改め 八代目尾上菊五郎襲名披露、尾上丑之助改め 六代目尾上菊之助襲名披露」の昼の部を鑑賞してまいりました。

11歳で尾上菊之助を襲名した新菊之助くんの堂々とした姿から、尾上菊五郎さんの余裕と演技の深まり、そして人間国宝である片岡仁左衛門さんの華麗な舞踊まで、息をのむ瞬間ばかりの素晴らしい公演でした。

今回は、この特別な襲名披露公演の様子を、写真とともに詳しくレポートいたします。歌舞伎ファンの皆様はもちろんのこと、これから歌舞伎をご覧になる方にも分かりやすく、公演の見どころと感動をたっぷりとご紹介いたしますので、ぜひ最後までお読みいただければ幸いです。

また、舞台の様子は最後に添えました歌舞伎座の公式YouTubeをご覧いただければ、想像いただけると思いますので、是非ご覧ください。なお、公演は6月27日金曜日が千穐楽です。


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1. 演目概要
 1−1.元禄花見踊り
 1−2.菅原伝授手習鑑 車引き
 1-3. 菅原伝授手習鑑 寺子屋
 1-4. お祭り
2. 新菊之助くんへの期待
 2-1.  新菊之助くんの「時分の花]
 2-2.  若さゆえの純粋さという宝物
 2-3.  歌舞伎界の未来を背負う輝き
3. 結びに
大阪松竹座七月大歌舞伎
京都南座「吉例顔見世興行」2025年12月公演ガイド
歌舞伎座・大阪松竹座での襲名披露をご覧になった方へ

いつになく華やぐ歌舞伎座前景
いつになく華やぐ歌舞伎座前景
ティファニーの祝幕

1. 演目の概要

1-1. 元禄花見踊り

「八代目尾上菊五郎襲名披露公演、六代目尾上菊之助襲名披露」の昼の部は、華やかな「元禄花見踊り」で幕を開けました。元禄時代、桜の名所として知られる上野のお山を舞台に繰り広げられる、豪華絢爛な歌舞伎舞踊です。

人気若手役者である尾上右近さんと中村隼人さんが、それぞれ出雲の阿国と名古屋山三を演じられました。テレビなどでもご活躍のお二人ですが、その舞踊の腕前はさすがの一言に尽きます。

1-2. 菅原伝授手習鑑 車引き

続いては、『菅原伝授手習鑑』より「車引」と「寺子屋」です。今回の「車引」は、梅王丸を演じる尾上菊之助くんのための演目として、その存在感を際立たせていました。

新菊之助さんは、『菅原伝授手習鑑』の「車引」において、主役の一人である三つ子の兄弟(梅王丸・松王丸・桜丸)のうちの梅王丸を演じられました。梅王丸は、菅原道真(菅丞相)に仕える舎人(とねり)であり、主君である道真が政敵・藤原時平の讒言によって九州太宰府へ左遷されたことに対し、強い怒りと正義感を抱いています

梅王丸は三兄弟の中でも特に気性が激しく、力強く勇敢な性格が特徴です。主君への忠誠心や正義感が強く、怒りや血気盛んな一面が際立っています。時平への敵愾心を胸に、桜丸とともに時平の牛車を襲う場面では、その激しいエネルギーが舞台の大きな見どころとなりました 。

襲名弁当
幕間にいただきましたその名も襲名弁当

1-3. 菅原伝授手習鑑 寺子屋

「車引」に続いては、同じく『菅原伝授手習鑑』より「寺子屋」の場面です。ここでは主人公である松王丸を尾上菊五郎さんが演じました。

「寺子屋」では、家族愛と主君への忠義、そして運命に翻弄される人間の姿が描かれ、観客の涙を誘う、江戸時代から人気の演目です 。それだけに、松王丸を演じる役者には、複雑な心理描写と緊張感を観客に伝える高い演技力が求められます

松王丸は、かつて菅原道真の家来であった三つ子兄弟の一人ですが、今は敵方である藤原時平に仕えています。物語のクライマックスである「寺子屋の段」では、源蔵が差し出す身代わりの首(実は自分の息子・小太郎の首)を、藤原時平の家来たちの前で「菅秀才に間違いない」と確認しなければなりません

この場面で求められるのは、自分の子の首を前にしながらも、動揺を決して外に出さず、冷静に「相違ない」と断言する演技です。役者は、内心の苦悩や悲しみを内に秘めつつ、周囲の緊張感や圧力を感じさせながら、観客に心理の機微を見事に表現しなければなりません

また、松王丸のセリフやしぐさ、目線など細やかな心理描写が物語に深みを与えます。役者によって衣裳や演技の型が異なり、それぞれの家で伝統が受け継がれているのも特徴です

松王丸役の尾上菊五郎さんは、前回の初役時と比べて二度目となる今回、一層の余裕が感じられました。特に後半の“泣き笑い”の部分では、演技がより深まり、豪快さと緻密さが一層際立ったとの評価も聞かれました。

まとめると、松王丸役には、内面の葛藤や苦悩を外に出さない抑制力、緊迫した場面での心理描写の深さ、そして観客に感動や緊張感を伝える表現力が強く求められるのですが、新菊五郎さんは十分にその期待に応えていました。

1-4. お祭り

公演の最後を飾ったのは、片岡仁左衛門さんと片岡孝太郎さん親子による「お祭り(おまつり)」です。

「お祭り」は、江戸の山王祭を舞台に、鳶頭(とびがしら)や芸者たちが賑やかに舞い踊る舞踊劇です 。粋な江戸っ子たちが集い、屋台囃子が響く中、ほろ酔い気分で踊りを楽しみます。派手でいなせな鳶頭と、晴れ姿の芸者が祭りを盛り上げる、清元による華やかな舞踊が魅力です

幕が開き、舞台中央を隠す覆いが落とされると、そこに白地に大きな家紋を藍で染め抜いた首抜きの半着付、黒のたっつけ袴姿の人間国宝、片岡仁左衛門さんが姿を現されました。御年81歳とは思えないほど華やかで美しいその佇まいだけで、舞台全体が引き締まります

「お祭り」は江戸情緒を感じさせる華やかな舞踊劇で、しばしば歌舞伎公演の締めくくりや祝祭感を盛り上げる一幕として取り上げられますが、今回も役者の方々のセリフの中に、尾上菊五郎襲名披露にまつわるネタが盛り込まれ、観客の皆様の興を一層高めていました

この舞台では興味深いことに、「元禄花見踊り」で出雲阿国を演じていた尾上右近さんが、実は役者であると同時に七代目清元栄寿太夫という顔を持っていて、今回も浄瑠璃方として素晴らしい美声を披露してくれました 。

2. 新菊之助くんへの期待

11歳で大役を背負った新菊之助くん。その瑞々しい「時分の花」と将来への可能性を、舞台で発した一挙手一投足や隈取の気迫、世阿弥の教えとの響き合いから読み解き、歌舞伎界の未来像を鮮烈に描き出し、その意義を探ります。

5月公演「京鹿子娘道成寺」の舞台衣装

2-1. 新菊之助くんの「時分の花」

わずか11歳ながら尾上菊之助を襲名した新菊之助くんの姿に焦点を当て、彼の将来性について深く考察していきましょう。

梅王丸の隈取は「筋隈(すじぐま)」と呼ばれる、赤い筋が顔に描かれるタイプ。これは江戸歌舞伎の「荒事(あらごと)」と呼ばれる、力強いヒーローや正義の味方の役に用いられる代表的な隈取です 。菊之助くんも11歳の少年らしい表情を封印し、荒武者として舞台狭しと駆け回っていました 。

たしかに、まだ体ができていない少年に広い歌舞伎座に響き渡る声を期待するのは酷かもしれません。また、連日の舞台の疲れもあるのでしょう、声がかすれる場面も散見されました 。それでも、荒武者らしい朗々としたセリフをしっかりとこなし、その落ち着いた姿に、会場中の観客は心を掴まれているようでした。見得を切るたびに大きな喝采が起きていたのが印象的でした 。

梅王丸は最初の登場時には「二本差し」、つまり腰に刀を二本差した姿で登場します。その後、花道から一旦引っ込んでの再登場では、さらに長い刀を加えた「三本太刀(さんぼんがたな)」となるのが一般的で、今回の菊之助くんも三本太刀を帯びて登場しました 。

ただでさえ11歳の少年の身長で長い刀を振り回すのは難しいであろうことは想像できます。途中、腰に差した太刀が前にずり落ちそうになりましたが、落ち着いて元に戻す姿は、たいしたものだと強く印象に残りました 。

「時分の花」が咲く瞬間

世阿弥は『風姿花伝』において、若い役者特有の魅力を「時分の花」として表現しました。それは年齢に応じて咲く、一時的でありながらも貴重な輝きのことです 。新菊之助くんの襲名披露口上での堂々とした振る舞いは、まさにこの「時分の花」の美しい現れといえるでしょう 。

緊張感を見せることなく、ゆっくりと、しかししっかりとした口調で挨拶を述べる姿には、11歳という年齢をはるかに超えた落ち着きと風格が感じられました 。その立ち姿や所作に見られる柔らかさと芯の強さの同居は、観客の心を深く打ち、「役者としての才覚と責任感」を強く印象付けました 。

2-2. 若さゆえの純粋さという宝物

『風姿花伝』では、若い役者の新鮮さや純粋さが持つ力について詳しく論じられています 。新菊之助くんの台詞回し、所作、表情に見られる確かな技術と集中力の高さは、観客や専門家から「この子は本当に舞台に生きる者なのだ」という評価を得ています 。これは決して偶然ではありません。幼少期からの厳しい稽古と研鑽の積み重ねが、この若き花の輝きを支えているのです。世阿弥が説く「稽古の重要性」がここに体現されているといえるでしょう 。

成長への期待という希望

確かに、11歳での襲名を「時期尚早」と見る声もあります。しかし、『風姿花伝』の教えに照らせば、これは決して問題ではありません。世阿弥は「年齢ごとの役割と成長」の大切さを説き、若い頃の芸はその後の成長の礎となると述べています

新菊之助くんの現在の輝きは、確かに「時分の花」かもしれません。しかし、それは劣っているということではなく、むしろ今この瞬間にしか見ることのできない貴重な美しさなのです 。そして、この若き日の経験と初心を大切にしながら、真の芸に向かって歩み続けることで、やがて「真の花」を咲かせることができるでしょう 。

2-3. 歌舞伎界の未来を背負う輝き

新菊之助くんの襲名披露は、単なる一人の少年の成長記録ではありません。それは歌舞伎という伝統芸能の未来への希望そのものです 。若さゆえの純粋さ、真摯な取り組み、そして観客の心を動かす力――これらすべてが、歌舞伎界の明るい未来を予感させてくれます 。

『風姿花伝』が教えるように、真の芸は一朝一夕には身につかないものです 。しかし、新菊之助くんはその長い道のりの第一歩を、これ以上ないほど美しく踏み出しました 。今後も慢心することなく、稽古と研究を重ね、観客とともに成長していく姿を見守っていきたいものです 。

Wikipedia「風姿花伝」
「風姿花伝」アマゾン

親子そろっての襲名披露

3.結びに

歌舞伎座5月公演に引き続き、歌舞伎座6月公演で華々しく披露された六代目尾上菊之助さんの襲名。わずか11歳という若さでの大名跡継承には、さまざまな声が寄せられていますが、この歴史的瞬間を『風姿花伝』の教えとともに見つめ直すと、新菊之助さんの輝きがより一層美しく映えてくるのではないでしょうか

新菊之助さんの襲名披露は、伝統の継承と革新の可能性を同時に示してくれました 。若い「時分の花」の輝きを愛でながら、同時にその先に咲くであろう「真の花」への期待を胸に、私たちは新菊之助さんの歩みを温かく見守っていきたいと思います

歌舞伎座に響いた拍手は、新菊之助さんへの称賛であると同時に、歌舞伎という芸能の未来への期待の表れでもありました 。この若き花が、やがて歌舞伎界を代表する大輪の花となる日を、心から楽しみにしています 。

大阪松竹座七月大歌舞伎
尾上菊之助改め 八代目 尾上菊五郎襲名披露
尾上丑之助改め 六代目 尾上菊之助襲名披露

2025年7月5日(土)~24日尾上菊五郎・尾上菊之助の襲名披露公演が大阪松竹座で開催されます。

昼の部

一、新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)野崎村
二、羽根の禿(はねのかむろ)うかれ坊主(うかれぼうず)
三、梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三

夜の部

一、一谷嫩軍記より熊谷陣屋(くまがいじんや)
二、八代目尾上菊五郎・六代目尾上菊之助 襲名披露口上(こうじょう)
三、新古演劇十種の内土蜘(つちぐも)

菊五郎さん、菊之助さんの他片岡仁左衛門、中村鴈治郎、中村扇雀、中村錦之助、片岡孝太郎、坂東彌十郎などの豪華メンバーが出演します。こちらも楽しみですね。

八代目尾上菊五郎&六代目尾上菊之助、大阪松竹座で襲名披露興行

京都南座「吉例顔見世興行」2025年12月公演ガイド

2025年12月1日から25日まで京都・南座で開催される今年最大の話題公演です。八代目尾上菊五郎と六代目尾上菊之助の親子同時襲名という歴史的瞬間を祝う、松竹創業130周年記念の特別興行となっています。

昼の部(10:30開演)の見どころ 舞踊中心の構成で、新・菊五郎による「鷺娘」は衣裳替えと雪の情景が美しい大曲です。女方としての表現力が存分に発揮される場面で、襲名披露にふさわしい華やかさがあります。新・菊之助の「玉兎」は若々しい踊りが魅力の演目です。

夜の部(16:30開演)の見どころ 物語性の強い古典芝居が中心で、「寿曽我対面」「弁天娘女男白浪」といった代表的な演目を通じて、音羽屋の伝統芸が堪能できます。特に「弁天娘」は粋な江戸前の魅力が光る一作です。

両部とも裃姿の俳優たちが並ぶ華やかな「襲名披露口上」があり、お祝いムード満点。南座名物の「まねき」や連獅子をモチーフにした祝幕など、視覚的な楽しみも豊富です。

初心者の方は、舞踊をじっくり味わいたいなら昼の部、ストーリーを楽しみたいなら夜の部がおすすめ。松竹公式サイトやイープラスで部ごとにチケット購入できます。

※チケットの残席状況については、各プレイガイドで最新情報をご確認ください。

歌舞伎座・大阪松竹座での襲名披露をご覧になった方へ

歌舞伎座、大阪松竹座で七代目菊五郎の襲名披露をご覧になった方なら、今回の京都南座公演はまた違った感慨があるはずです。当時”菊之助”として父を支えた現・八代目が、今度は自らが菊五郎を名乗り、息子の菊之助襲名を見守る立場に。16年前に南座のまねきに並んだ親子の名前が、今回は立場を入れ替えて掲出されるという歴史の継承が目に見える形で示されています。

歌舞伎座の襲名披露では東京ならではの華やかさがありましたが、京都・南座は初代菊五郎生誕の地という特別な意味を持ちます。八坂神社での奉納舞、清水寺・音羽の滝をモチーフにした舞台美術など、京都ゆかりの音羽屋としての物語性が色濃く反映されているのが今回の大きな特徴です。

東京で襲名の華やぎを体験された方こそ、ぜひ京都での”継承の物語”を実際にご覧になってはいかがでしょうか。


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音羽屋、伝統と未来の継承―尾上菊五郎・菊之助襲名披露 観劇記
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尾上菊五郎襲名披露ブログ

【完全解説】八代目尾上菊五郎襲名へ!歴史・意味・影響を徹底分析
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